ABOUT

「青柳陽一写真学校」で映像を極める為には
「光線、機材、色彩、デジタル、歴史、プリント」を通して、映像制作を極める。

青柳陽一写真学校は、2017年(平成29年)3月末に閉校した福島県伊達市大枝小学校校舎を借り受けて、同じ写真家である兼本玲二とともに開設いたしました。この写真学校プロジェクトは、二人が培った技術・経験を、プロカメラマンを目指す人やハイアマチュアカメラマンのために伝え、未来ある写真家を世界に送り出すことを目的として始めたものであります。使用する校舎は、1873年(明治6年)に開校した143年の歴史ある学校の校舎です。1991年(平成3年)に新しくされた鉄筋コンクリート製の立派な建物ですが、写真学校とするためには、教室などをスタジオや展示室に改修する必要があります。その改修を前提として、昨年2月「一般社団法人青柳陽一写真学校」が設立発足し、令和3年4月に開校する予定でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響により予定されていた当社団の大規模な改装工事の資金調達は当面延期となりました。 そのため開校は延期せざるを得ない状況にありますが、立派な建物と作品群、更に写真家の育成への意欲を本格的に開校するまでの間、眠らせて置かざるを得ないのは残念であります。青柳陽一写真学校では、従来にはない教育を行っていく考えです。そのため、写真学校としての本格教育が開始されるまでの間、助走期間としてプレオープンし、出来る範囲で取り組みを計画実行して行く事は意義のあることと考えます。私も齢80歳を超えましたが、まだまだ元気に新たな被写体と写真撮影技術の向上に取り組んでおります。同時に、「これから写真家としてできることは何か?」と未来ある写真家のために自分に何ができるかを模索しつつ、写真家を志す若い後輩諸君、更にハイアマチュアカメラマンの方々に私の持っているものを伝えたいという想いで一杯なのです。

これまでの経過等について

自分が精魂込めて習得した撮影技術、器材などを何らかの形で次世代に伝承し、世界に通用する写真家を育成したいと強い想いを持つようになりました。そんな中、たまたま伊達市の施策である「小学校の統廃合」によって廃校舎の活用策が公募されたことから、東京の企業経営者が私の想いに共感、支援頂けることになり、写真撮影技術・技能の伝承の場として写真学校プロジェクトは始まりました。その後、開校に向けての改装工事計画などの諸準備を進めて来たところですが、想定外の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが令和2年早々から発生。既に1年以上が経過した現在も、国による「緊急事態宣言」下にあるところです。人の移動などが抑制され経済活動は低迷して企業経営は厳しい状況に陥ったところから、予定されていた資金提供が一時凍結となり、開校は延期となりました。しかしながら、ご挨拶でも申し上げました通り、青柳陽一写真学校としての施設は既に旧大枝小学校の立派な建物を借用しています。器材等も私の保有する、今は貴重となった器材を提供することで計画しております。「コロナ禍が治まり資金提供が可能になるまで無為に時間を過ごす事はもったいない、何かできる方法はないのか。」との事から、小規模な活動を行いながら本格的開校へのトレーニングを兼ねて青柳陽一写真学校のプレオープンを行うこととしました。

これからの展望について

コロナ禍の中で、またコロナ後もリモートワーク等の本格化が予想され、地方分散が現実のものとなっています。地方の落ち着いた社会環境と被写体としての自然が豊かな環境を生かして、写真技術と写真文化の何たるかを身に付ける教育が可能となります。当面は短期間の研修としますが、将来的には年間単位の専門学校としての教育を考えています。また、校庭にキャンピングカーポートを設置し、都市圏からのキャンピングカーによる撮影会、講習会参加、撮影旅行会等車社会に対応したイベントの計画実行を考えております。私は、人物ポートレイト、世界の風景、最近では野生の蘭の撮影に意欲を燃やしている等、何でも興味を持って取り組む情熱、その結果としてのオールマイテイ能力を若い人に学んでもらいたいと思っております。写真は一瞬間の記録であり、その撮りたい瞬間を作る、別の言い方をすれば、それを演出する技術もカメラマンのセンスと経験から来るものです。では、そのセンスと経験はどうして身に着けられるのか?それを私から伝えていければと思います。

経歴

写真家 青柳 陽一

昭和13年(1938年)伊達市保原町生まれ。戦時下広島県大竹市に移動、中高は広島・修道学園卒業。多摩美術大学芸術学園写真学科卒業(1962年)同時に、写真家・杵島隆スタジオ助手からフリーランスとなる。広告写真家としてマツダロータリー車、後に三菱自動車工業パジェロ撮影担当、パジェロで走った「世界の道から」、他に、ブリヂストン、サントリー、JAL、カネボウ等々担当、麻田奈美やアグネス・ラムを発掘し、平凡パンチに連載し、写真集上梓。麻田奈美写真集、全集を入れ9冊上梓。小学館から「岩魚が呼んだ」 電子書籍版、2019年10月12日上梓など。広告写真の他、ヌード撮影、料理撮影、花と猫撮影、風景撮影と興味あるモノ撮影して来た、専科に拘らない写真家。(社)日本広告写真家協会会員

写真家 兼本 玲二

京都市生まれ。東京写真大学(現東京工芸大学)工学部写真学科卒。アメリカ留学Art Center College of Design Pasadena, California 写真学科卒。卒業後Los Angelesのビデオのプロダクションに勤務。その後Los AngelesでFreelance Commercial Photographer Suzuki Motor of America, Inc.の車、オートバイのアクセサリーのカタログ撮影他。アメリカ、ヨーロッパの医療関係の学会の撮影。1997年から4×5ピンホールカメラで南カリフォルニアの海を作品として撮影、2008年に日本に帰国、8x10カメラでモノクロの『Tokyo Night・現代東京方丈記』を撮影中。エディトリアル写真、ペットと家族の写真も撮影、世田谷等々力で兼本スタヂオを主宰している。東京8×10カメラ組合連合会会員。

定款